著書「固体物性論の基礎」によって物性物理学の初学者にも広くその名を知られる英国の理論物理学者、ジョン・ザイマン博士は、1960年代から物理学研究の傍ら科学や技術と社会との関係、科学者の社会的責任などに関する思索を始め、1982年以後はそれらの系統的な分析や考察に専念して著作の発表や発言を続けた。
伝統的な規範に則ったアカデミック・サイエンスから科学技術政策の影響下で展開されるポストアカデミック・サイエンスへの変貌、それは、20世紀の欧米の科学と技術の歴史と現状の詳細な分析をもとに博士がこの最晩年の著書の中で語る科学の姿である。博士はそのような変革の渦中にあってもなお、科学は依然として信頼に足りる社会の制度であり、常識と理性が担うべき文化であると述べる。欧米にやや遅れてわが国の科学にも同じ変革が起こりつつある。わが国の科学技術政策に戦略的重点化の推進が打ち出され、また研究者・技術者の倫理と社会的責任の重要性が強調される現在、博士の深く鋭い洞察は科学技術、そして研究文化の未来を見据える手がかりとなるであろう。
|