大学の物理実験の教育を見ると、多くの場合、徒らに技巧の教育にはしり、学生達は実験のメニューをこなすばかりで「実験観察を通じて学ぶ ‘こころ'」が乏しくなっている。科学・技術が発展した今日では学ぶべき実験技術があまりにも多く、それをこなすだけで学生も教員も精一杯という事情にあるとしても、大学の物理実験を通じて学ぶべきことは知識と技術ばかりでなく、もっと基本的で精神的なものである。謙虚に自然を観察し、実験データを批判的に見る ‘こころ' を養うことが大切である。「実験の作法」を教育することの大切さを強く感じる。
実験の技術的な面のみに偏重した教育のもう一つの問題点は、安全教育が弱くなることである。安全について個々の技術的な注意や助言は重要であるが、もっと大切なことは ‘こころ' の教育である。本文中で何度か強調するように、安全の基本は「モラル(道徳)とモラール(士気)」を高めることである。
本書を書いているうちに、物理実験の教育は科学者の社会的役割について深く考える教育の原点に立っていることに気がついた。物理教育の重要な目標は、謙虚な観察力と、それに支えられた批判力の涵養にあり、それが若者を社会に送り出す教育者の使命であろう。
物理実験教育の社会的意義を訴えたいと考え、本書をまとめた。
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